(所在)市立386モ
著者は、関西学院大学大学院社会学研究科博士課程後期課程在学中。
p.18 カミをヒトがマツル行為が、マツリである。マツリでは、カミに供物が献じられ、歌舞音曲が奉納される。
p.54 よく目にする神幸祭は、カミが神社と御旅所とを往復するものであるが、歴史的・地域的に俯瞰すれば、神社と御旅所の往復とは異なる形態の神幸祭も存在する。本稿では、ミアレ型、ハラエ型、オイデ型の3類型に大別する。
ミアレ型:海や山などカミが生まれた原初のミアレ(み生れ)の地から、カミを里に迎えて、カミやヒトの霊力(ケ)の活性と更新を目的とする。
ハラエ型:不浄のケガレ(穢れ)の性質を帯びた厄災神を、人々の生活圏外へと払い遣ることを目的とする。
オイデ型:神社に常在するカミが、本社と御旅所とを往復し、人々との交流を通して、カミとヒトの双方の霊力の活性と更新を目的とする。
p.310 江戸時代は、神事の神輿行列に神賑の山車行列が付随していたが、明治中期以降、両者は独立した行列となり、かつて山車行列が担っていた神賑の枠組みを町神輿が受け継ぐ形で取って代わった。
(感想)
青森のねぶたをどう捉えるか?少なくとも、神輿はないと思う。また、筆者の3類型でいうと、ハラエ型かなとも思うが、微妙に異なるのではないか。ねぶたが山車の変形なのかというとそれもどうか。
いろいろと考えると、ねぶたは、筆者の「神輿と祭」の枠に収まらないものをもっていると思う。祭りの参加者は、人形ねぶたであれ、扇ねぶたであれ、どのような存在と意識しているのか。テーマからは、荒ぶる魂を表現しているのだと思う。
この辺は江戸時代どうだったか文献に当たる必要があるが。