(所在)6FY246ハ 市立J467ハ
p.119 ダーウィンの時代は、進化 evolutionという言葉より、転成 transmutation が一般的。進化という言葉が広まったのは、どうもハーバード・スペンサーの著作の影響のようです。スペンサーの考えは、下等な存在から高等な存在へと登っていくという進歩思想。生物学上の進化には、下等から高等へという道筋はないが、進歩という言葉を使うといまだに進歩的な価値観の意味合いがどうしてもつきまとってしますように思います。
p.120 ダーウィンは、生物には下等も高等もなく、時間とともに分岐していくことが、転成と考えていた。そのメカニズムとして、自然淘汰の理論を考えた。
それに対して、下から上への発展・進歩という価値観を含んだ進歩思想としての進化論というものが、生物学とは別の流れとして、19世紀以前からずっと存在し続けている。これらを厳密に区別するように考えてほしい。
p.195 私はつねに進化と進歩を混同してはならないと言い続けてけた。しかし、それをいくら言い続けても、社会におけるこの混同はなくなりません。人間には、何か、時間が経てば物事はよくなると思う進歩思想、またはそれに対する願いやあれこれが染みついているのだと思う。
今回、本書を執筆するにあたって私が気付いたのは、ダーウィンの熱烈な支持者としてふるまったハックスレーを始めとする当時の学者の多くも、実は、進化の理論を、社会を変えて進歩させることを正当化する科学理論とみなして支持していたのではないか、ということ。
本当に混同していたのではなく、純粋に科学の理論として理解していたのだとしても、進化の理論を利用すれば、自分たちの進歩主義を広めるのに役立つと、無意識に思ったのではないか?
p.206-210
優生思想と社会進化論
最近、ある有名な高齢の文化人類学者と話をしたのだが、この人は、進化というと社会進化論と思っており、「進化の考えをとれば必ずや人種差別に至る」と言っていた。こういう誤解は、70代以上の人文社会系初学の学者の間には蔓延しているように思います。
優生主義は、遺伝学が少し進んできたことを背景に、20世紀初頭にはずいぶんと流行った。統計学の元祖の1人であるフィッシャーは、一時期、優生学会の会長であった。
また、心理学の計測の始まりは、ダーウィンのいとこであったゴールドンとされているが、彼は優生思想の持ち主。