副題:世界大戦・革命・飢餓・国外脱出
ドイツ出身のエカチェリーナ二世は、1763年外国人誘致計画を発表。
1915年、ニコライ二世は、ドイツ国境に近いロシア居住のドイツ人に対して、財産没収、知識人の逮捕、ヴォルガ地方、ウラル地方、シベリアへの追放が行われた。追放されたドイツ人は20万人程度、その2分の1から3分の1は死亡。ロシア西部諸県からは全体で50万人が追放との数字もある。
p.63 赤軍の掠奪により、飢餓・病気でロシア全体で何百万人も死んだ。
1921年10月アンナは家族に別れを告げ、ドイツへの脱出開始。
1922年5月、フランクフルトで収容所を出た。
その後、1930年代ロシアで飢饉。
■ 書籍情報入手先 ★☆☆☆☆
『新聞書評(2013.3-)』 2013/4/21 毎日
■ 所 在
県立
(文献)
1.アンナ・ヤウクの手記
Anna Janecke, Volga-Germany Destiny, Windsor 1989
2.ヤウク一族
http://freepages.family.rootsweb.ancestry.com/~jauk/oberdorf1.htm
3.ヴォルガ・ドイツ人の歴史について
ヴォルガ・ドイツ人 ゲルマン 県立
4.時代の状況を知るために
飢餓の革命 梶川伸一
奥田央 『ヴォルガの革命』 8F自然科学611.9オ 大学旧
奥田央編 20世紀ロシア農民史
ロバート・コンクエスト 悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉
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